戦後を代表する詩人谷川俊太郎さんが昨年、92歳で他界されました。みなさんも教科書で「二十億光年の孤独」「朝のリレー」など珠玉の作品に出会ったことがあるでしょう。きょう巣立っていくみなさんに、谷川さんの「卒業証書」と「生きる」という2篇の詩を贈ります。
『卒業証書』
ひろげたままじゃ持ちにくいから/きみはそれをまるめてしまう/まるめただけじゃつまらないから/きみはそれをのぞいてみる/小さな丸い穴のむこう/笑っているいじめっ子/知らんかおの女の子/光っている先生のはげ頭/まわっている春の太陽/そしてそれらのもっとむこう/ 星雲のようにこんとんとして/しかもまぶしいもの/教科書にはけっしてのっていず/蛍の光で照らしても/窓の雪ですかしてみても/正体をあらわさない/そのくせきみをどこまでも/いざなうもの/卒業証書の望遠鏡でのぞく/きみの未来
『生きる』
生きているということ/いま生きているということ/それはのどがかわくということ/木漏れ日がまぶしいということ/ふっと或るメロディを思い出すということ/くしゃみをすること/あなたと手をつなぐこと
生きているということ/いま生きているということ/それはミニスカート/それはプラネタリウム/それはヨハン・シュトラウス/それはピカソ/それはアルプス/すべての美しいものに出会うということ/そしてかくされた悪を注意深くこばむこと
生きているということ/いま生きているということ/泣けるということ/笑えるということ/怒れるということ/自由ということ
生きているということ/いま生きているということ/いま遠くで犬が吠えるということ/いま地球が廻っているということ/いまどこかで産声があがるということ/いまどこかで兵士が傷つくということ/いまぶらんこがゆれているということ/いまいまがすぎてゆくこと
生きているということ/いま生きているということ/鳥ははばたくということ/海はとどろくということ/かたつむりははうということ/人は愛するということ/あなたの手のぬくみ/いのちということ